第7話  刀剣と壊(ふところ)話

執筆者 : 伊藤 一成
今回の第七話は「刀剣と懐話(ふところばなし)」と題して、岐阜県安八郡安八町にお住まいの伊藤一成さんにご執筆いただきました。

 私が刀剣と出会ったのは、垂井町在住の石黒氏に、ご自宅で自慢の愛刀「藤四郎長道」を拝見、拝聴させていただいた時だった。 その時、私の中で大きく膨れ上がった感動は今も忘れていない。

 その頃27歳の私は曲がりなりにも鉄工所の経営者だった。 若さはあらゆる所で情熱を発揮した。 特許を取得し、大手スポーツメーカーの部品製造と相併せ、日夜仕事に打ち込んだものでした。 ありがたい事に時代もそう言った経営と生き方を、寛容に受け入れ随分景気のいい思いをさせてもらいました。

 「藤四郎長道」との出会い以来すっかり刀剣に魅了された私は刀剣価格が書き込まれている本を読みあさり、ある程度習得で きたと思い込んだ慢心から近所の刀剣ブローカー数人から三百 振り近くを買い上げた。 ところが、その刀剣をあちらこちらの丸特審査会に鑑定依頼した結果、なんとほとんどが偽物だった。 体よく言えば見る目が無かった。 ハッキリ言えばだまされたのである。

 みじめさが心の底からこみ上げてきた。 刀剣の道をあきらめ、その他に自分の人生を賭けて悔いの無いものは無いかと、考えたもののやはりあきらめきれず…。 「だったら刀剣について自分なりの道を究めてみよう。」と腹が据わった。 それから、時間の許す限り色々な場所で開かれる勉強会に足を運んだ。 その中で私は貪欲なまでに学び習得していった。

 やがて現代刀から古刀に至る刀剣を自分の目利きで収集して行ったのである。 類は友を呼ぶと言うか、面白い程色々な名刀が現れ私は思いのままに迷う事もなく掌中に収めていった。

 そんな中、刀もさることながら短刀に魅了される自分自身を発見した。 刀に心配りをしながら短刀収集にも力を入れ、結果名だたる短刀を拾五〜六振り保持することができた。 その中には自信と言うか、自慢と言う方が適切だと思うが名門浅野家伝来、鎌倉時代の「左」は私自身、心底惚れ込んだ代物である。

 また、この頃手に入れた古一文字は上野の戦いで彰義隊の隊長が愛用していたと言う刀で、砥師 本阿弥平十郎成重から宮内庁の砥師井上行造氏が譲り受け、後代井上氏が手離したものを掌中に収める事ができた。

 その他に関西きっての刀剣収集家 河瀬虎三郎氏の収集物だったものを五〜六振り、同様大切に保持している。 どの刀剣もわが身同然のようなものだ。

 私は十五年ほど前から近所で、刀剣研究会の講師を務めている。 歳月をかけた私の体験と経験は、力をつけた教え人となりそのまま現在に至っている。 数々の喜怒哀楽は有ったものの、ドッコイ生きているんだと開き直りながらも道楽と言う一本道を歩き続けている。

 つくづくありがたい事だと心底思う今日この頃である。

名古屋支部 伊藤 一成